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「伊豆韮山サーキット」が気になった

サーキット調べブログの方に更に追記等をしてますので、こちらをご覧ください。
そらまめスピードウェイ - 伊豆韮山サーキット (静岡)
http://soramame-race-circuit.blogspot.jp/2013/01/blog-post.html

船橋サーキットについて調べていると、ところどころに上がってくるワード「伊豆韮山サーキット」が気になったので調べてみました。

まず、船橋サーキットと伊豆韮山サーキットの関係ですが、両方ともコース設計にピエロ・タルッフィが関係しているということです。
ピエロ・タルッフィ


船橋サーキットのコース設計には元F1ドライバーのピエロ・タルッフィが関わっています。
船橋ヘルスセンターの狭い敷地の中を存分に使ったテクニカルレイアウトはタルッフィが作りました。

"間髪入れずにピエロ・タルッフィがココ(船橋)にやってきて、この狭さでも充分にサーキットができると言うわけです。"
"「それにしても、なんでタルッフィがすぐに来たんですかね。後になって、どこか別のサーキットの打ち合せで来たのがポシャって、で、コッチに来たんだという噂も聞きましたけどね」。"
と日本のレース100選の'65船橋CCCの回にありました。

「別のサーキット」これこそが伊豆韮山サーキットだったわけですね。
1965年のオートスポーツを読むと
"伊豆韮山に目論まれていた日本通運のコース場建設計画は、用地問題で地元の反対にあい、一時ストップのようだが"
とある。
残念ながら用地問題で頓挫してしまったそうです。
しかし、サーキット建設場所だと思われる場所が今でもあります。

大きな地図で見る
「日本通運伊豆研修センター」というのがありますが、まさしくここが日本通運が計画していた伊豆韮山サーキット場の跡地でしょう。

ちなみに「伊豆韮山サーキット」でぐぐると真っ先に出てくるYahoo知恵袋では、日本サイクルスポーツセンターの事だと紹介されていますが、ここにはまた別のサーキット建設の計画がありました。

これは「NAC箱根スピードウェイ」や「伊豆スピードウェイ」などと呼ばれていたサーキットです。
同じくオートスポーツを読むと
"これは日本オートクラブのめんめんが資金を出し合って建設を進めているレース・コース。第1期工事として1800mのサーキット、第2期工事として2400mの楕円コースが計画されているが、現在では第1期分のうち約600mの直線コースが完成している。"
とあり、簡単なコース図が書いてありますが、まさしく現在の日本サイクルスポーツセンターの場所にあります。
nac2.jpg


日本サイクルスポーツセンター

大きな地図で見る
カーグラTVでいつも試乗やってるあそこっすね。

もてぎという本格的なオーバルコースが出来る遥か昔に1.5マイルオーバルが存在したかもしれないと考えると胸熱ですね。
こちらも実現しませんでしたが。
60年代~70年代初頭ははこの「日本オートクラブ(NAC)」という団体がストックカーレースを開催していたようで、現在製作中の野呂山スピードウェイのオープニングレースでもNAC主催のレースが開催されました。
このNACの代表である塩沢進午氏の著書「日本モーターレース創造の軌跡」という本も中々興味深くてオススメです。
富士の初期構想もオーバルコースでしたし、これまでの歴史でオーバルコースの建設計画は数カ所あったようなので、それがすべて実現していたら、本格的なストックカーレースなんかを日本で開催していたという事もあったんでしょうか。
これまた胸熱ですね。

最後は伊豆韮山と全然違う方向に着地してしまったw



追記(11/09)

伊豆韮山サーキットについて追加調査をしてみました。

もともとは日本通運が1964年に立ち上げた会社「日通伊豆観光開発」のレジャー施設の中の一つにサーキットがあったそうですが、上記の通り、用地問題でサーキットの計画は頓挫したそうです。

" その理由を、日通伊豆観光開発の斉藤辰馬専務はこう説明する。
「タルフィーに現地を見てもらったところが、理想的なレース場を作るには、どうしてもあと二十万坪はいるという。ところが土地を買い増ししても、地上権や、森林法で伐採ができないし、農地転換の問題がからんで来るので思うようにいかない。だから当時は、涙を飲んで計画を棚上げし、将来の捲土重来を期しているのだ」"
(財界 1965 4月 春季特大13より)

しかし、遊園地の計画だけは続いたらしく、1966年に「伊豆富士見ランド」として遊園地が開業したそうです。
1999年に閉鎖と有りましたが…。
伊豆富士見ランド - wikipedia


その後の跡地が現在の日通伊豆研修センターという事だそうです。

同じ記事の中では、船橋の設計にあたり、日通の子会社の社長を通じ、タルッフィに依頼をした。だとか、そのまま伊豆韮山サーキットに関わっていた日通の役員が船橋サーキットの会社にそのまま派遣されている。という話も書いてあり、船橋サーキットと伊豆韮山サーキットの関係は思ったより深そうな感じでした。

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